NYのシンボルタワー『エンパイアステートビル』の歴史

ニューヨークのシンボルタワーとして有名なエンパイア・ステートビルディングは1931年に完成した歴史ある高層ビルです。
その2年後にはキングコングがエンパイアステートビルにしがみついて飛行機を掴み落とす映画の名シーンが生まれました。
展望台からはニューヨークの美しい摩天楼を見渡せ、観光客が多く訪れる名所ともなっていて、毎日数多くの人が訪れます。
今回はそんな米国民から愛されているエンパイアステートビルの歴史についてご紹介します。

1年で完成した超高層ビル

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高さ433メートル、地上102階建ての超高層オフィスビルであるエンパイアステートビルは、
建設開始からなんと1年で完成されました。
なぜそこまで急ピッチで建設を進められたかというと、当時建設中だったクライスラービルとマンハッタンカンパニービル、この2つのビルと「世界一高いビルの座」を競っていたためと言われてい
ます。
当時の最高技術を駆使していたとは言え、工事は手作業に頼る部分も多かったようです。
かなりの高所で命綱もなしに職人が作業している様子を撮った写真は後に有名になりました。
その高さに完成当時は安定性が懸念されていました。
しかし、1945年濃霧により操縦を誤ったB-25爆撃機が79階に突っ込んだ際も外壁に穴があいただけで、ビル全体には全く影響がなかったそうです。
 

世界一高いオフィスビルへ

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エンパイアステートビルはオフィスビルとして活用されていますが、完成した1931年当時は大恐慌の真っ只中だったためテナント探しには苦労しました。
なかなかテナントが入らない様をみて「エンプティ(からっぽの)ステートビル」と揶揄された事もあるそうです。
しかし裏をかえせば、そんなご時世の中で膨大な費用と労力をかけてビルを建造していたのですから、かなりの一大プロジェクトだった事がうかがえます。
エンパイアステートビルはワールドトレードセンターが完成する1972年までのおよそ41年間
「世界一高いビル」でした。
当時世界一の高さを誇っていたクライスラービルの高さを抜くため、当初の85階建ての計画を
急遽変更し展望台とその上の尖塔を追加しました。
尖塔は「飛行船の係留用」と説明されましたが、実際にはほとんどそういった用途には使われなかったようです。

一時は日本人が所有していた

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実はエンパイアステートビルは一時日本人が所有権を得ていた時期があります。
それまで所有していたプルデンシャル生命が、1990年にバブル崩壊で逼迫していた会社を立て直す
ために新聞広告で宣伝し競売にかけられました。
それを4000万ドル台の提示価格で買い取ったのが実業家の「横井英樹」です。
横井英樹氏はホテルニュージャパンのオーナーをしていた人物で、「白木屋乗っ取り騒動」
「東洋精糖の株買占め」など、何かと話題に事欠かない人物でした。
実はアーティストである「ZEEBRA」は横井英樹氏の孫にあたるというのも有名な話です。
しかし買収したものの、エンパイアステートビルは所有権と賃借権が分離されているので、所有権があった所で実際にはほとんど利益がなく売却されました。
所有権を持っていても「このエンパイアステートビルは私のものだ」というある種の自己満足を得られる以外のメリットはほとんどなかったようです。
現在ではアメリカの不動産投資信託「エンパイア・ステート・リアルティ・トラスト」が保有しているエンパイアステートビルですが、1000以上のオフィスが入居し2万以上が働いているアメリカの
電波塔として活躍しています。